日本語教師KEN、バックパッカー時代②決心
日本教師KEN、クライマーとして挫折した後、再びバックパッカーとなりました。行先は東南アジア。
なんでアジアだったかというと、その前のカナダ・アメリカ旅行でつくづく、「自分はアジア人だ」と実感したから。
僕がこの旅で滞在した下界(?)の町は、カナダのバンクーバーとアメリカのサンフランシスコ。どちらにもチャイナタウンがあるんですが、ここに足を踏み入れた時感じた“安息感”が、その原因です。
で、2度目のバックパッカー旅行では、前回の旅でベトナムが一番気に入っていたので、ちょっと集中的にベトナムを攻めてみようかと(笑)。それでベトナムの最北端から最南端まで、ゆっくりバスで南下しながら旅しました。
そしてこの旅の途中で「日本語教師」という仕事と、今の家内に出会ってしまうわけなんですが、まあ家内のことはおいときます(笑)。
で、日本語教師なれそめ。
ベトナム中部のある街で、日本語を勉強しているというベトナム人に誘われ、ベトナム人日本語教師が一人で開いている日本語教室へ行きました。
結局その日本語教室で簡単な日本語教師のお手伝いをすることになったのが、僕が日本語教師という仕事にふれた最初でした。
それまで日本語を教えるなんて経験はもちろんなかったですから、ちゃんと教えられる訳はありません。教えるのはベトナム人日本語教師の仕事で、僕は発音を直すとか、会話の相手をするとか、本当に簡単なお手伝い。
日本教師の資格も何もない「なんちゃって日本語教師」でしたが(爆)、結局これが本格的に日本語教師をめざそう、日本語教師になろうと思ったきっかけでした。
この旅行では、他にもタイとラオスもじっくり回ったんですが、「ベトナムで日本語教師」という目標がはっきりと決まったのが、この2度目のバックパッカー旅行の時。
日本語教師の資格を取るには学校へ通わなければならないようだ(ホントはそれだけではありませんが)→日本へ帰っても宿なし無一文→じゃあ、新聞奨学生しかないだろう。
あっさりと道筋を立てて、長いバックパッカー旅行を終え帰国しました。
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日本教師KEN、登山家時代③ カナダ・アメリカ
日本語教師KEN(何度も言いますが、当時は日本語教師ではありません…)、初の長期バックパッカー旅行から帰国してすぐ次の旅を計画、3ヶ月後にはまた日本を後にしていました。
カナダのユーコン川支流でカヌー川下り→カナダのどこかでクライミング→アメリカに渡ってヨセミテ国立公園でクライミングという、バックパッキング&クライミング旅行という、壮大な(?)計画だったんですが、これがまた楽しかったです。
ユーコン川は最高!半径数キロ、人間は俺様しかいないという環境。グリズリー(熊)を見たのも、狼の遠吠えを聞いたのも、このときが初めてでした。
あ、樹って泣くの、知ってます?北極圏に程近いユーコンの森は、ものすごく乾燥しています。で、強い風が吹くと樹が泣いているような音を立てる、と。
白夜のユーコンで、焚き火を前に一人酒を飲む・・・。一生忘れられないでしょうねぇ。嗚呼、また行きたい…。
で、ユーコンが終わってからバンクーバー近くのスコーミッシュというところにテント張って、1月ほどクライミングしたり、トレッキングに行ったり。これも楽しかったっす。
それからクライマーの聖地、アメリカのヨセミテ国立公園へ乗り込みました。エル・キャピタンとかハーフドームとかのデカイ岩があるんで、世界中からクライマーが集まってくる楽しいところです。
アメリカのクライマーのいいところは、登ってキャンプ場に帰ってくると、「どこ登ってきたんだい。へぇ、楽しかった?(Did you enjoy ?)」って聞いてくるところ。
日本人だと「どうだった、難しかった?」になるので、この国民性の違いはおもしろいな、と。
でもここでやっぱり、自分のクライマーとしての精神的な才能のなさを、今度は「はっきり」自覚しました・・・。
日本教師KENは、他のクライマーたちのようにガツガツと登りに行くモチベーションが湧いてこないのです。テント張って、今日はこっちで登り明日はあっちの川っぺりで読書、なんてだらだらした生活のほうが性に合ってしまうのです・・・。
ましてや「ちょっとヤバい」ルートに登り行こうなんて気には、最初の野望・目標とは裏腹に全くなりませんでした。
そして世界トップのクライマーを目の当たりにして、「あ、これはもう人間が違う」と、何か憑き物が落ちたような気になってしまい…。
で、結局このアメリカでのクライミングが日本語教師KENの最後のクライミングとなってしまいました。
ヨセミテのクライミング動画。日本語教師KENも、これしてました・・・。
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日本語教師KEN、バックパッカー時代①
日本語教師KEN(当時は日本語教師ではありませんでしたが)、結局ヒマラヤでは頂上を踏めずに敗退しました。まあ、これは想定内のことだったので、ショックはありませんでしたけど。
で、遠征が終わってから仲間と別れ、山道具を売っ払って、生まれてはじめてのバックパッカー旅行をしました。ネパール→インド→タイ→カンボジア→ベトナム→ラオス→タイ、最後にネパールに戻ってから日本へ帰国、という半年のコースでした。
このときの旅は、本当に人生が変わるぐらいのインパクトがありました。日本語教師KENが後戻りのできない日本社会の落伍者になったのは、きっとこの時(爆)。
インドの3ヶ月は、バラナシでバングラッシー飲んで死にかけたり、マザーテレサの「死を待つ人の家」でボランティアをしたりと、それはまあいろいろ強烈な体験をしました。そしてその後に訪れたバンコクは、文明社会に帰還した感動(笑)がありました。
バンコクのカオサン通りの安息感…。インド帰りのバックパッカーならしみじみとわかると思います。っていうか、普通の人にはわからないでしょうね、きっと。
で、このバンコクの後、カンボジアを経て「ベトナム」という僕の人生を決定付ける国に会ってしまったのです…。
ベトナムの田舎の風景は、ささくれ立っていたバックパッカーの心にしみじみと響きました。ベトナム人の気質には、本当に惚れ込みました。
その後にラオス、タイ…とバックパッカー旅行を続けましたが、世の中こんな面白いことがあるんだなぁ、と。
ちなみに、ヒマラヤ遠征1ヵ月半でかかった費用が訳130万円。その後の半年のバックパッカー旅行費用の総額が10万円(爆)。
日本語教師KENがベトナムという魔宮(?)にはまり込む第一歩になったのが、この時のバックパッカー旅行でした。
ベトナムの田舎の風景で癒されてください。
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バンコク・カオサン通りの安息感、忘れられません(笑)。
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日本語教師KEN、登山家時代② ヒマラヤ編
不肖私、日本語教師KEN、ネパールのヒマラヤ8000メートル峰遠征が山から足を洗う(?)きっかけとなってしまいました。
そもそもネパールやパキスタン、中国などのヒマラヤ遠征とは、ベースキャンプにつくまでで全エネルギーの60%ぐらいを消耗してしまいます。遠征許可の取得、合計数トンにもなる装備・食料などの荷物の手配、それを運ぶポーターの管理、高度順応の計画…。
「気まま」「自由」が何より性に合っている僕にって、初のヒマラヤ遠征は、実は煩雑で仕方がありませんでした…。
そしてヒマラヤで登ってみて気付いたのは、名のあるクライマーは「狂っている」「クレイジー」だということ。そして僕は、徹底的に凡人だということ。
ハードな山だと「ある一線」というのが存在しまして、そこを超えると、「退却不能」「あとは登りきってしまわないことには生きて帰れない」というラインがあります。で、一流と呼ばれる人達はてっぺんを目指すものすごいモチベーションと集中力があるので、いともたやすくそこを超えてしまう、と。
僕はその一線を超えられませんでした。
山だけじゃないと思うんですが、人には「身体的な才能」と「精神的な才能」があって、その両方を持ち合わせている人が1流、ナンバーワンになれるんだと僕は思うんです。
山に関して言えば、僕は身体的な才能はあったと思います。さして練習をしなくても難しい岩をひょいひょい登って行けたし、超高所での順応力もかなりあったし。
でも、僕には「ある一線」を越えるための精神的な才能はなかった。てっぺんを目指す衝動がありませんでした…。
僕には登山そのものより、ベースキャンプで落ちこぼれシェルパとシャルパニ(シェルパ族の女性のこと)の品定めをしたり、他の隊員が持参した○○本を見て批評しあったりしているほうが、ずっと楽しかったのです…。
自分には精神的な才能がないということに漠然とですが気付いた、気付かされたのが、96年のヒマラヤ遠征でした。
ヒマラヤ遠征動画
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これぞアジアの醍醐味。
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日本語教師KEN、登山家時代①
日本語教師KEN、大学で諸般の事情からワンゲル部(山登り部ですな)に入ってしまったことから、人生の脱線・転落が始まりました(笑)。
恥をさらしますが、一番山に行っていたのが大学3年のときで、この年は100日以上山の中にいるという、人間よりゴリラに近い生き物と化していました。我ながらよく進級・卒業できたもんです。
そんな知性のかけらもない人間が後に日本語教師なんかになるんだから、人生は摩訶不思議。もちろんこの頃は「日本語教師」の「に」の字も知りませんでしたし…。
大学出てからはビルの窓拭き会社にバイト入社。ロープにぶら下がってビルのガラス拭いて、金をためては山へ行く、という生活をしていました。登山家として名を売ろうとその頃は野望を抱き、恥ずかしげもなくそう思ってましたねぇ(爆)。
こういう職場は山屋としてならした人、バックパッカーなど変人がたくさんいるので、それはいろいろな刺激を受け楽しい職場でした。ここで有名な山屋の大先輩に目をかけてもらい、冬のカナディアン・ロッキー、南米大陸最高峰アコンカグア山でのアルバイト、そしてヒマラヤ8000メートル峰の遠征にまで行けることになりました。
が、しかし。
ヒマラヤ遠征というと「山屋の花道」みたいな感じなんですが、実は不肖日本語教師KEN、これが山屋から足を洗う契機の一つになりました…。
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